「煮干らーめん 薄口醤油味」＠煮干鰮らーめん 圓

＜２０２０年３７杯目＞

その日は、会社に出社してからもどこかうわの空で落ち着かず、何だかそわそわとしていた。

八王子の名店「圓」の店主がその日を境に引退するからだ。

間違いなく八王子のラーメンのレベルを押し上げ、その名を全国区へと押し上げた真の功労者である。

仕事が終わるや否や、もしやスープ切れを起こして早仕舞いなどあるまいな・・・と一抹の不安を覚えながらお店に向かうと、既に店頭には２～３０人程度の行列が出来ていました。

そのあとも、次から次へと”仕事終わりに何とか駆けつけました”と言わんばかりの様子で一人、また一人・・・と行列へと加わって行きます。

１時間ほど待ってようやく店内へ入ることが出来ました。

券売機を眺めると、あれも食べたかった、これも食べたかった、と後悔の念に駆られます。

おそらくは一生かかっても満たされることはない、その後悔。

食べるラーメンは決めていました。

シンプルに「煮干らーめん 薄口醤油味」です。

以前、「圓」という店名には、”一杯の中ですべて揃っていて欠けているところがないラーメン”という意味が籠められていると店主が話して下さいました。

実際、スープ、麺、トッピングのすべてが、一片の曇りもなく完膚なきまでに完璧に、一体感を持って調和しています。

そこにあるのは、もうこれ以上削ることも、また加えることも出来ないただ一点の本質。まさに”圓”でした。

店内には、お客さんが出入りする度に、「いらっっしゃいませ。」「今までありがとうございました。」「お疲れ様でした。」といった言葉が飛び交います。

最後の一杯を食べようと集まった人々は、寂しい心の穴を埋めるように、乾いた心を潤すように、無心にラーメンを啜っていました。

まだまだお元気そうな店主の姿を見ていると、もう少し続けてくれないかと思うのは私のエゴだろうか。

その日、人生をかけて全力でラーメンに向き合ってきた、ひとりの老店主の引退は、方々でラーメンファンの涙を絞っていました。

もし、美しさの証明が人の心を動かすことであるのなら、店主の生き様もまた、まちがいなく美しいものの一つなのだと私は思うのです。

満足度：★★★★★